2024-02

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「どう死ぬかということを考えたら、いつの間にかどう生きるかについて考えていた…」とは

輪橋山徒然話 2023/12/5  「象の背中」 ◆「どう死ぬかということを考えたら、いつの間にかどう生きるかについて考えていた…」とは一体どういうことだろう。 ◆ゾウの一家の物語『象の背中-旅立つ日-』(城井文さん)というショ...
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一度失敗したことを自分には無理なことなのだと簡単には諦めないことだ。

輪橋山徒然話 2023-12-5 サーカスの象と「而今(にこん)」 ◆一度失敗したことを引きずり、やりたいことがあっても自分には無理なことなのだと諦めてはないだろうか。 ◆意外とその苦手意識は、自分が勝手に植え付けたものかもしれ...
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行き詰まりを感じる時は、ダンゴムシの「交替性転向反応」に学びいつもと違う選択をしよう。

ダンゴムシと「一寸の差異も一里の違い」 ◆ダンゴムシ、その小さな存在は、私たち人間に多くを教えてくれる。草むらや落ち葉の下でひっそりと暮らす彼らは、見た目は虫のようだが、実はエビやカニの仲間で、足は14本もある。枯れ葉を食べ、土を肥や...
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絶対に優位に立っていたはずが、自らの一言で、行動が阻まれてしまう「人食いワニのパラドックス」とは。

輪橋山徒然話 2023-12-8 「矛盾」と「人食いワニのパラドックス」 ◆「矛盾」は、古代中国の故事「自相矛盾」に由来する。 ◆ある商人が「矛」(ほこ)と「盾」(たて)を売っていた。商人は「この矛はどんなものでも突き刺せる」と...
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『徘徊と笑うなかれ』。あなたの中で あなたの世界が広がっている。

輪橋山徒然話 2023-12-9 ◆ほっとする話から。 ◆その方は、たぶん「徘徊」なさっていたのだろう。夕暮れ刻、私は帰宅途中、運転中に歩道で転んで立てないでいるおばあさんを見つけた。真っ赤な血。サンダルを履いて、コートも着てい...
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「何を思惟して 頬に指おく み仏よ」 いったい何をお考えになっているのか弥勒菩薩さま

輪橋山徒然話12-10 「弥勒菩薩の救済」 何を思惟して 頬に指おく み仏よ   荻原井泉水 ◆荻原井泉水(おぎわら せいせんすい 1884〜-1976年)の句である。 ◆この「頬に指おくの み仏よ」は、背筋を伸ばし、...
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「不忘念」と「レレレのおじさん」にはどのような関係があるのだろう。

輪橋山徒然話 12月11日 ◆お釈迦さまの最後の説法(仏遺教経)に 「少(小)水の常に流れて石を穿つが如し」とある。 「穿つ」は「うがつ」と読み、普段はあまり使わない字である。意味も難しい。 ◆例えば、「君は非常に穿った見方...
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情報の収集は、「ズレ」のない単一の分に都合の良い情報だけではなく、「ズレ」を恐れず、複数の視点から。

輪橋山徒然話 12月12日  「右目左目がうむズレと遠近感」 ◆五感の一つ「見る」という仕組みはうまくできている。 ◆目で物を見るというのは、実は目だけの役目ではない。「見る」という一見自発的な行動もやはり巧みな脳の働きなのだ。...