昔の中学はそこはかとなく学問の薫りがした。国語教師の鉄板ネタは「恋のお話」

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教科が好きになる役に立つ?脱線話

◆今もそうだと思うが、先生がもっと尊敬されていた時代の話である。テレビでは中村雅俊さんの学園ドラマが流行っていた。先生はヒーローだった。そして、中学は学問の薫りがした。

うえの上には何がある

◆本日の輪橋山徒然話 まずは、なぞなぞで頭の体操だ。中学時代、先生が教えてくれた「なぞなぞ」である。最強のなぞなぞである。

なぞなぞ

第1問「うえの上には何がある?」

第2問「空の上には何がある?」

わかったら「天才!!!」だ。                 答えは最後に

 

国語教師の鉄板ネタは「恋のお話」

◆このなぞなぞの国語教師の鉄板ネタは「恋のお話」である。

◆授業に飽きてくると(私以外の誰かが)「先生、恋の話、お願いします」など茶々を入れる。

すると「しょうがないな」と先生が話し始める。「やった〜」(拍手)。

この話、何度聞いてもおもしろい。

◆実力派教師の「国語が好きになる脱線」の始まりである。今思えばこの脱線はいつも知的であった。そしてこの「脱線」、今の学校にはなかなか見られない授業風景だろう…。

◆「いいかお前たち、これだけは覚えておかねばならないぞ」と板書するのは次の文章だ。

「私をあなたの恋人にしてください」だ。それにしても、昔の中学生は、男子も女子もこの「恋人」という単語が大好きだった。

「漢字を馬鹿にして覚えない男」の話

◆そして、国語の先生は、これからは英語の時代だと「漢字を馬鹿にして覚えない男」の話を始める。この男は漢字でいろいろ失敗をする。話のオチが「ラブレター」である。この男、ドキドキしながらラブレターを渡すと「変態と思いっきり振られた」というのだ。

◆理由はこうだと「漢字を馬鹿にして覚えない男」のラブレターを板書する。

ぼくの変人になってください」(えーーー)

本来は「ぼくの恋人になってください」と書くべきところを「恋」と「変」と誤っていたのだ。「ぼくの恋人」が「ぼくの変人」となっていたのだ。これなら「変態」と振られても仕方がない。

「五番街のマリさん」の話

◆その次は「五番街のマリさん」への忠告となる。「結婚して苗字がかわる」ことも考えておきなさいと。ただし、どうしても好きならしょうがないがと。

◆マリさんが結婚する時に注意する苗字があるという。それは「水田」や「小田」だ。もうおわかりだろう。「みずたマリ(水溜り)」「おだマリ(美川憲一)」となってしまうというのだ。お前たちも子どもに名前をつけるときはそこまで考えないといけないのだと。それが親の責任だと。

◆そのあと証拠にと僕の名前は「佐藤寿郎」と板書する。そして「この面白さがわかるか?」

と。ヒントは「僕は甘いし、かつ塩辛いのだ」と。「???」(もちろん「かつ」の意味も同時に教えてくれる。)

◆「佐藤寿郎」をとなりに「砂糖と塩」と書いた。なるほど…これは親の責任だ。

恋文(変文)の書き出しの話

◆「漢字が嫌いな男」だ。さて、次は彼の恋文(変文)の書き出しの部分なのだが、いったい、いくつの間違いがあるだろう。

彼の恋文(変文)の書き出し

始めて黄身に遭った刻

◆流石に、これではポンコツのワープロだ。「始めて→初めて」「黄身→君」「刻→時」である。ここから、国語教師らしい分析に入る。

何故「遭う」はNGなのか

◆さて「あう」はどの字がよいのだろう。板書されたのは、「会う」「合う」「逢う」「遭う」「遇う」5つの漢字だ。この中で「恋人」と「変人」と同じくらいNGな漢字があるという。

◆それはもちろん「漢字が嫌いな男」が採用した「遭う」である。なぜ「遭う」がNGなのだろうか。国語教師は板書する。

  敵に遭う

  災難に遭う

  災いに遭う

◆一目瞭然である。「のび太君がジャイアンに遭う」のように、あいたくないものにあってしまう時の「遭う」なのだ。

「合う」「逢う」「会う」の分析

◆さらに他の漢字の吟味を披露し始める。

◆「合う」についての吟味はこうだ。「合う」は、「別のものがくっついて一緒になる」という意味の「あう」である。似合うとか…。または、「初めてあなたと視線が合った時」なら合格だという。

◆「逢う」は、「あう相手の範囲が狭まっている」。つまり、「恋人」にはぴったりだ。一対一で、強く「あいたい」と思う気持ちだ。「よろしく哀愁」の「逢いえない気持ちが愛育てるのさ」である。ただ「熱」が強すぎて、まだ恋人でもないのに使って欲しくないと言われるかもしれないとの補足。なるほど。

◆「会う」は顔と顔を合わせ「あう」だ。部首は「人部」で「人+云」という字源からも最適である。これは納得できた。

「遇う」の取り扱いと国語教師の結論

◆残りの「遇う」はどうだろうか。「事故に遭う」とは違い「幸運に遇う」のように使われるので運命の人、あなたに初めて遇ったとき、何か新しい運命がスタートするような「遇う」である。なかなか「学」を感じると。

ただしである。もう少し調べてみるとこのこの漢字はその「取り扱い」にちょっと難しいところがあるという。なんと、遇(ら)うと間に「ら」を入れると「あしらう」と読むのだ。次のように使う。

1 応対する。応答する。「好みの違う客を巧みに―・う」

2 相手を軽んじた扱いをする。みくびって適当に応対する。「鼻で―・う」

3 素材や色などをうまく取り合わせる。配合する。「帽子に花を―・う」「松に梅を―・う」

とくに2の意味は最悪である。

◆つまり、「漢字が嫌いな男 (特に相手が漢字大好き少女の場合) 」は、無理して「遇う」を使うことはやめた方がよいということになる。人とあう場合は、「会う」を使えば問題がない。そもそも、他の「遭う」「遇う」「逢う」は常用漢字ではないのだと。

「鉄板なぞなぞ」の答えと応用問題

◆最後にさっきの「なぞなぞ」の答えである。「うえの上には何がある?」のか。答えは「愛」である。

◆これは、「あいうえお」で考える。つまり、「あい上お」だから、「うえの上にはあい(愛)がある」のだ。

◆それでは、応用問題だ。

空の上には何がある」はどうだろう。

◆そうそう、答えは「死(シ)」である。もうお分かりですね。「ドレミファソラシド」の「ドレミファ空死ド」。頭が柔らかい(拍手!!)

今日も深呼吸と合掌とオンニコニコで

◆深呼吸で「心のデトックス」。一度息を全て「大地に」吐き出します。次に胸を広げて鼻から息をたっぷり入れます。最後は「吐く息は細く長く」です。呼吸をコントロールし、呼吸に集中。自分の心にアプローチ。

◆「自分の根っこ」に感謝。ここに自分があること。お父様、お母様。あなたの隣にいる人とそのご縁。これから出会う新しいご縁。全てに合掌しましょう。

◆いつもニコニコ怒りません。「オンニコニコハラタテマイゾヤソワカ」は、自分もまわりも明るく・仲良く・イキイキと導くおまじない。「オンニコニコハラタテマイゾヤソワカ」。

 

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